スペシャルティコーヒーという言葉は、業界の人のみならず一般の方も聞いたことのある言葉になったように思います。
しかし美味しいコーヒーがスペシャルティコーヒー!というわけではありません。
ではスペシャルティコーヒーをスペシャルティ足らしめているものは何なのか?光合成から考えてみましょう。
- 光合成と炭素固定
まずコーヒーも植物です。植物はどのようにして生長するのか。それには光合成が大きく関わります。
光合成とは、光のエネルギーを利用して無機炭素から有機化合物を合成する反応をさす。その過程で水が分解されて酸素が放出される。
光合成が二酸化炭素CO2を吸って酸素O2を吐き出す仕組みについて小学校の時にやった記憶がありますね。
CO2を吸ってO2を吐く。ということは炭素Cを体に残しているということです。この炭素を溜めこむ働きを炭素固定というようです。
光から得たエネルギーを使って、二酸化炭素からグルコースのような炭水化物を合成する。この合成過程は炭素固定と呼ばれ、生命の体を構成するさまざまな生体物質を生み出すために必須である。
植物は水H2Oと二酸化炭素CO2を組み合わせることにより、以下のようにグルコース(ぶどう糖)を作ります。
6CO2 +12H2O → C6H12O6 + 6O2 + 6H2O
そうしてまたここで蓄えたグルコースを元に澱粉やセルロースなどの有機物も作り上げます。
植物は光合成によって炭素を溜め込み、その炭素を用いて様々なものに作り替えているのです。
ではコーヒーにとってその炭素固定はどのように作用するのでしょうか?
その前にまず酵素という言葉を押さえておきましょう。
酵素とはコーヒーの勉強をしているとよく耳にしますが、酵素とはどのようなものでしょうか?
酵素は生物が物質を消化する段階から吸収・分布・代謝・排泄に至るまでのあらゆる過程(ADME)に関与しており、生体が物質を変化させて利用するのに欠かせない。したがって、酵素は生化学研究における一大分野であり、早い段階から研究対象になっている。
多くの酵素は生体内で作り出されるタンパク質を主成分として構成されている。したがって、生体内での生成や分布の特性、加熱やpHの変化によって変性して活性を失う(失活)といった特徴などは、ほかのタンパク質と同様である。
酵素があるから物質を変化させることができているようです。
コーヒーではこの酵素の働きによってうまれた香りをエンザイマティックアロマ(Enzymatic Aroma)とよびSCAでは以下のように定義しています。
SET1
ENZYMATIC BY-PRODUCTS (most volatile aromatics)
This set contains aromatic compounds that are the result of enzyme reactions occurring in the coffee bean while it is a living organism. Principally composed of esters and aldehydes, it is the most volatile set and is most often found in the dry aroma of freshly ground coffee. Set I can be further separated into three basic categories: flowery, fruity, and herby.
(Ted R Lingle, 2011, "The Coffee Cupper's Handbook", p18)
セット1
酵素副生成物(最も揮発性の高い芳香成分)
このセットには、コーヒー豆が生きている間に酵素反応によって生じた芳香化合物が含まれます。主にエステルとアルデヒドで構成され、最も揮発性が高く、挽きたてのコーヒーのドライなアロマに多く含まれます。セットIはさらに、花のような香り、フルーティーな香り、ハービーな香りの3つの基本的なカテゴリーに分けることができます。
(Deep Lにて翻訳)
コーヒーから感じられるフローラルやフルーティやハーバルのような香りはエンザイマティックアロマに分類されます。
1995年版の古いフレーバーホイールにしっかりと載っていますね。
(Ted R Lingle, 2011, "The Coffee Cupper's Handbook", p2)
そしてこのエンザイマティックアロマの香りは酵素によって作られた香りと考えられているわけです。
エンザイマティックアロマとしてエステルやアルデヒドはといった芳香族化合物とは一体どのようなものでしょうか?
芳香族化合物(aromatic compound)とは、主にベンゼン環を含む有機化合物のことをいい、一方で環状配列をもたない有機化合物を脂肪族化合物といいます。
エステルやアルデヒドといった芳香族化合物は有機化合物であり、有機物化合物ということは炭素を含んでいるわけです。
光合成による炭素固定によって生まれていると考えているわけですね。
ちなみに主な芳香族化合物は以下のリンク読むと楽しいです。
またこれは同様に有機酸にも言えることでしょう。
無機酸と有機酸の違いは炭素の有無です。クエン酸やリンゴ酸は有機酸でありリン酸は無機酸とされます。
有機酸(炭素Cを含む)
クエン酸 C6H8O7
リンゴ酸 C4H6O5
無機酸(炭素Cを含まない)
リン酸H3PO4
Qグレーダー試験にてOrganic Acid Matching Pair Testでは各酸味を見分ける能力が求められます。
それはコーヒーの木が生産した酸であるのか、土壌から吸い上げただけの酸でなのかを見分けたいからだと考えられます。
(実際に僕は、シュガーブラウニングアロマをよりエンザイマティックアロマを評価するようにQ instracterから教わりました。なるほどそういう理由だったわけです)
エンザイマティックアロマも有機酸も同様に、光合成量が重要と考えられているわけですね。
コーヒーをより良い環境(温度や日照時間等)や良い土壌で栽培することは、より多くの光合成を促します。
また成熟度が高いコーヒーチェリーを収穫することはより多くの有機化合物を蓄えていることが考えられます。
さらに標高が高いとハングタイム(結実から収穫までの期間)を長くすることができ、有機化合物を蓄える時間が与えられます。
上記のような良い栽培環境と良い収穫はより多くのエンザイマティックアロマや有機酸を、コーヒー豆にもたらすと考えられています。
この良い環境と良い収穫によって生まれる風味特性(Flavor Attribute)こそが、コモディティコーヒーとスペシャルティの違いになるわけですね。
逆に言うと十分なエンザイマティックアロマと十分な酸味を有するコーヒーというのは、農園主が良い環境でコーヒーを栽培し、良い成熟度でコーヒーチェリーを収穫したことへの証明とも言えるわけです。
- まとめ
その他の飲料を勉強してみてスペシャルティコーヒーという飲料は、品質基準が明確で客観性が高いように感じます。
SCAはスペシャルティコーヒーという概念を導入しようとした際に、何を評価すべきか悩み、その結果として真面目な生産がなされたコーヒーに評価を与えようとしたのではないでしょうか?そして真面目な生産の証明としてエンザイマティックアロマや有機酸に重きを置いているのではないでしょうか?
だからこそQインストラクターはコモディティでも十分に感じられることが出来るシュガーブラウニングアロマ(焙煎香)ではなくエンザイマティックアロマを評価するように教えているのではないかと思います。
スペシャルティコーヒーは一般流通グレードと比べ明らかに付加価値があります。特に付加価値を与えるべきか否かを審査するQ認証を行うカッパーは、個人の嗜好性に基づいてそれを審査するべきではないでしょう。客観的な審査が求められるはずです。その審査をできるとされているのがQグレーダーという資格なわけです。
おいしいコーヒーではなく真面目なコーヒーか。
発酵が強いコーヒーだからとて高いスコアになるわけではありません。そこにエンザイマティックアロマがあるのか?十分な酸味があるのか?それが大事なのではないでしょうか?
適当な生産物に対しプロセシングによって香りを添加したコーヒーを評価してしまうことは、真面目な生産者に回るべき対価を縮小させることにつながる可能性も考えられます。
なにを評価すべきかもっと勉強したいと思います。
- 次回予告
光合成量を増加させるにはどのような環境整備が必要か?みたいな話をまとめます。
そこからテロワールとかについても繋がったら楽しいなと考えております。